
#267 かつては、洗練されたかっこよさだけを魅力的に感じていた
かつては、洗練されたかっこよさだけを魅力的に感じていた。
かっこ悪いところは見せられないし、完璧でなくてはならないと常々思っていた。コテコテの完璧主義者だ。まあ、正直今でもソレは思っているかも知れないw
ぎこちなさや不調和がなく、すっきりとした品がありこなれた感のあるかっこよさ、その雰囲気をまとった人だけが魅力的なのだと思っていた。
でも、SNS時代が到来するとともに、いろんな姿が魅力になるのだと気づいた。
Youtubeで見るぎこちない姿も、日寝起き姿も、おかしな行動も、毎日のルーティーンも、ダメな日常も、呆れるほどの純粋さも、ありえない失敗も、さらには意地悪で、卑劣な仕業までもほとんど全てが魅力として移った。
そういった日常を切り取ったユニークさに魅せられ応援する人たちも、たくさんいるのだと気づかされた。
ぎこちなさや不器用さが魅力だとは、僕の常識にはなかったから、ある意味衝撃だったことを覚えている。
今ではどちらかというとそういう動画ばかりを見る傾向にあると思う。
今でも洗練されたかっこよさにはやっぱり憧れてしまうが、ソレとはかけ離れた、情けない劣等感や憂鬱を音楽やエッセイにして世の中に吐き出している現在の僕。(笑)
なんとも肩身が狭くなる思いだが、何が言いたいのかというと、魅力や可能性は、自分1人の狭い領域で判断するものじゃない。ということだ。
それぞれに固有の魅力があり、あなたにはあなたの色がある。
そのあなただけの魅力を認めてくれる人は必ずいる。
あなたはあなたのままで充分なのだ。
大切に今の時間を過ごしていきたいから。

