
#82 僕だけの夜 後編
僕だけの世界に登場するはずのないアイツの存在が、僕の小さな冒険の終わらせてしまった。
「夜の学校に忍び込む」という僕の画期的だと思っていたアイディアは凡庸そのものだった。僕の特別は彼らにとってただの日常。それがとてもじゃないが享受できなかった。
それから僕は逃げるようにその場を離れ、一度も振り返らずに家まで帰った。寝静まった家の2階から微かに父親のいびきが聞こえた。僕は部屋に戻って布団を被り、先程までのことを反芻した。
それからというもの、音楽に出会うまでの学生時代は負け犬根性が染み付いてしまって何をするにも自分に期待することができなかった。
自分の身に起きた凡庸な出来事を、凡庸ながらも心が動いた何かから逃げるように現実から目を逸らす性格になり、何かに熱狂も感動もしなくなってしまった。
最近、オランダで60歳のホームレスのおじさんが深夜の楽器店に侵入する事件の記事をネットニュースで見た。そこにおいてあったピアノを演奏し、そのままピアノの上で睡眠をとって、逮捕された事件。
監視カメラの映像に残された、そのおじさんの腕前は確かなものだったという。
寝るところを探して侵入したと報道されていたが、僕にはそれだけでは説明がつかないような気がして、全速力で自転車を漕いだあの夜のことを思い出していた。
おじさんに何かが起こったのだろう。
いや、何も起こってなかったのかもしれない。
「気がついたらやっていた」そんなものなのかも、と妙に納得した。